超小型マイクロ波エンジンのシステム設計
1.
“マイクロ波エンジン”とは?
マイクロ波エンジンとは、衛星の推力源として利用される、電気推進(1)の一種である。ガスの噴出圧力を利用する化学推進との大きな違いは、衛星に搭載されているガスをプラズマ化して利用する点である。プラズマ化(電離)させることで、電圧によって噴出速度・噴出量を調整でき、ガスの消費を抑えることができる。表1は、化学推進の一種であるヒドラジンスラスタと、電気推進の簡単な比較である。表のように、電気推進は化学推進に比べて比推力(2)が一桁大きく、推進剤の利用効率が高い。推進機関は、噴出質量と噴出速度の積で評価され、噴出量・噴出速度を変化させられる電気推進は、化学推進にくらべて、大きく性能を上げることができる。
表1.性能比較

(1)電気推進:ガスなどの燃料(推進剤)をプラズマ化させ、電界によるイオンの加速によって、推力を得るタイプの推進器。1960年代に旧ソビエトで開発が始まり、現在はイオンエンジン、ホールスラスタなど数種類が世界各国で研究されている。
(2)比推力:推進器の性能を表す指標の一つ。有効に推力を発生できる時間を表す。
2.
マイクロ波エンジンを取り巻く環境
u 小さくなる衛星
数年前から、各国の大学を中心として、CubeSat(3)プロジェクトが進められている。CubeSatとは一辺10[cm]の立方体の衛星である。2003年6月に、ロシアで一回目の打ち上げが行われ、日本からは東京大学、東京工業大学が参加した。
u 高度化する要求
現在のCubeSatは、各大学が独立のミッションを運用しているが、今後、フォーメーションフライト(編隊運用)などのコラボレートミッションの出現が予想される。その場合、長時間にわたり相対位置を保つことが必要となるが、化学推進では難しく、そのようなミッションには比推力の大きな電気推進が適している。
(3)CubeSat:キューブサット。1999年に米国スタンフォード大学教授のTwiggs氏より提案された、学生主導の超小型衛星プロジェクト。一辺が10[cm]の立方体形状、総重量1[kg]以下、総消費電力3[W]という規定が設けられている。日本では東京大学、東京工業大学、日本大学、創価大学、九州大学が参加し、海外ではスタンフォード大学(アメリカ)、カリフォルニアポリテクニク(アメリカ)、オールボー大学(デンマーク)など、その他世界各国の大学が参加している。
3.
マイクロ波エンジンの原理
電気推進は、推進剤をプラズマ化して利用するが、各方式の違いは、そのプラズマ化の方法にある。マイクロ波エンジンは、マイクロ波と磁場、電子による共鳴現象(ECR)を利用し、推進剤の電離を行う。図1はマイクロ波エンジンの原理図である。

図1.マイクロ波エンジン原理図
マイクロ波エンジンは、スラスタヘッド内に磁石(図中の黒い四角■)を設置し、磁力線周りに存在する電子の運動を、磁場とマイクロ波の作用によるECR(電子サイクロトロン共鳴現象)により加速させる。加速された電子と衝突させることで推進剤を電離し、プラズマを生成する。プラズマから、イオン加速電源により陽イオンを抽出し、その反力によって推力を得ることができる。
4.
研究の目的
マイクロ波エンジンのシステムの設計にあたり、次の項目を目的とした。
u CubeSatに搭載可能であること。(10×10×10[cm]以下、消費電力3[W]以下)
u 20[μN]程度の推力を発生できること。
この二つの目的にために、次の@〜Bを開発目標とした。
@ マイクロ波電力1[W]で動作可能なエンジンヘッドの開発
A 小型マイクロ波電源の開発
B イオン加速電源の開発
5.
マイクロ波エンジンシステムの製作
今回作成するマイクロ波エンジンシステムは、以下のような構成となっている。

図2.超小型マイクロ波エンジンシステム
|
表2.スラスタヘッド設計指針 |
|
|
推力[μN] |
16 |
|
マイクロ波電力[W] |
1 |
|
マイクロ波周波数[GHz] |
1.5 |
|
スラスタ形状[mm] |
φ15×9×高さ |
|
磁場形成用磁石 |
サマリウムコバルト |
|
推進剤流量[cc/min] |
≦0.3 |
u
スラスタヘッドの設計

図3.スラスタヘッド断面
図3はスラスタヘッドの断面図である。図中の黒の部分のように、磁場形成用のサマリウムコバルト磁石が設置されている。
表2にスラスタヘッドの設計指針を示した。マイクロ波エンジンシステムとしての推力目標は20[μN]だが、スラスタヘッド単体では、マイクロ波電力1[W]のときに、16[μN]を目標とした。またスラスタヘッドは円筒形状であり、今回の設計では、外径15[mm]、内径9[mm]とした。高さは設計自由度とするため、指針には明記しない。
設計指針を基に磁場の解析シミュレーションを行い、スラスタヘッドの製作を行った。図4は製作したスラスタヘッドの写真である。実際のサイズは、組み立ての都合から外径26[mm]となったが、磁場解析の結果から、磁場形状には影響が無いことが判っている。


図4.製作したスラスタヘッド 図5.プラズマ生成中のスラスタヘッド
スラスタヘッドの動作実験を行い、プラズマ生成能力の実証、またマイクロ波電力1[W]でのECRの維持を確認することができた。
u
小型マイクロ波電源の設計
小型マイクロ波電源は以下の構成となっている。図6は構成のブロック図である。
・
マイクロ波発振器
・
マイクロ波アンプ
・
整合回路

図6.小型マイクロ波電源ブロック図
@ マイクロ波発振器
マイクロ波発振器は、携帯電話用のVCO(電圧制御発振素子)を使用した。設計した回路と、製作した基板を図7、8に示す。


図7.マイクロ波発振器回路図 図8.マイクロ波発振器基板
A マイクロ波アンプ
アンプには、無線通信用のアンプICを使用した。マイクロ波アンプの回路図と製作した基板を図9、10に示す。


図9.マイクロ波アンプ回路図 図10.マイクロ波アンプ基板
B 整合回路
整合回路は、伝送路の実質的な長さを調節するラインストレッチャ、プラズマからの逆流電流からマイクロ波電源を保護するDCブロックから構成される。設計のためにまず、プラズマのインピーダンスを求め、つぎに高周波回路シミュレータによる設計を行った。
ラインストレッチャには、インダクタ、キャパシタによるπマッチングを用いた。設計画面と、実際に作成した基板が、図11、12である。

図11.シミュレーション画面

図12.製作したラインストレッチャ
つぎに、同様な手順によって、DCブロックを作成した。図13に示す。

図13.DCブロック
本研究で設計した整合回路は、チップ部品を使用し、構造が単純であることから、小型化・量産が容易である。
これらを合わせ、図14のように、小型マイクロ波電源を構成する。

図14.小型マイクロ波電源
u
イオン加速電源の設計
イオン加速電源は、スラスタヘッドで生成されたプラズマから、陽イオンを抽出するための電圧源である。表3に示す項目を設計目標とした。
表3.イオン加速電源仕様目標
|
電源方式 |
フライバック式 |
|
出力電圧範囲[V] |
0〜300 |
|
電力効率[%] |
80〜85 |
今回採用したフライバック方式は、他の一石フォワード式、インバータ方式に比べ、回路が単純化できる利点がある。出力電圧は、0〜300[V]を50[V]刻みに可変できることが求められる。
図15に回路図、図16に製作した基板を示す。実験の結果、電圧の制御を行うことはできたが、効率は60%程度となった。
図15.イオン加速電源回路図

図16.イオン加速電源基板
6.
性能評価
これまでに製作した部分から、マイクロ波エンジンシステムを構築し、性能評価のために推力および消費電力を測定した。実験は真空チャンバー内で行った。実験構成を図17に示す。図中の太字部分、イオン電流Iion、イオン加速電源(電圧)Va、ビームの発散係数γが実験における測定パラメータである。

図17.マイクロ波エンジン性能評価実験構成
マイクロ波エンジンの推力、電力は、それぞれ次の式で定義される。
(1)
(2)
Mi :イオンの質量[kg]
e :電子の電荷[C]
ηc :電源の効率
ημ :マイクロ波アンプの効率
Pμ :マイクロ波電力[W]
ηa :イオン加速電源の効率
実験の結果を推力−電力のグラフとして図18に表した。

図18.性能評価実験結果
イオン加速電源の最大定格出力が300[V]であるため、余裕を持たせるためにイオン加速電圧250[V]での性能を評価する。グラフ中で、250[V]に相当するのは、4.31[W]の箇所であり、約21[μN]程度の推力を発生していることがわかる。
7.
結論
本研究では、小型マイクロ波エンジンの設計・製作を行い、以下の結論を得た。
@ スラスタヘッド
マイクロ波電力1[W]での動作を実証し、マイクロ波電力2[W]、推進剤流量0.2[cc/min]のとき、20[μN]の推力が得られた。
A 小型マイクロ波電源
小型マイクロ波電源を設計・製作し、最大出力1.39[W](1.5GHz時)、電力変換効率32%の性能が得られた。
B イオン加速電源
フライバック方式の加速電源を設計製作し、最大出力300[V]、効率60%の性能が得られた。
C
システム電力
設計値の3[W]に対し、4.31[W]であった。従って、マイクロ波アンプの効率改善が今後の課題といえる。